セツの火

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隣に世界があった。もうひとつの“世界”である。

原始の息吹が大気に渦巻くその世界は、我々にとって過去でもあり、未来でもある。

そこには、人によく似た者たちが生息していた。

ツノを持ち、仲間の肉をも食らう蛮族。似て非なる存在である。
その異形の影だけが、我々の世界と唯一異なっていた。


一見すると、隣の世界はそう覗けてしまった。だから、発見者はこう名づけてしまった。“劣界”と。

 

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隣の世界は、直径わずか5mmの穴からしか覗くことができない。その小さな落とし穴こそが、我々の世界と劣界を繋ぐ唯一の接点である。

5mmの穴、いわゆる“隣への陥穽”は、ある財力によって誰にも知られぬよう囲われ、覆われた。もうひとつの世界から得られる利益を独占するための、それはごく当たり前の隠蔽であった。

劣界を構成する“ある要素”によって、異形の蛮族は在り続けた。しかし、それを知る者はどこにもいなかった。

緩やかなる不幸の幕開け、いや、幕はとっくに開いたままであったのかもしれない。たった5mmの狭さで。

劣界そのものである“それ”は、小さな陥穽から人間の世界へごく当たり前に蔓延した。

発見者も、研究者も、資本家も、誰もが気づかぬまま。

 

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やがて、世界各地でツノのある異形が目撃された。

まるで神話伝承の類に出てくる“鬼”のような外見をしたそれは、だが、過去の文脈とはまるで無縁に、唐突に哲学の匂いも纏わぬまま、単純なる暴力をもって秩序を破壊するだけの暴虐そのものであった。

各国政府が隠蔽工作をしながら対応に追われているころ、隣への陥穽を確保していた極東亜細亜友愛財団は、現象に対して一定の解答を導き出していた。

すなわち“それ”。
すなわち“ある要素”。

それらと怪物の、因果関係である。

5mmの穴を通じて二つの世界は同一化し、唯一の異なりをなくそうとしていた。

知性と理性によって成立していた秩序は、やがて暴力によって蹂躙され、瓦解する。 劣る世界と名づけた隣と、同じ風景が現出するのも遠い未来ではない。なぜなら、世界を構成していた人が、侵され、蝕まれ、人でなくなるのだから。

それはあまりにも苛酷な現実であった。

 

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目に見えぬ劣界そのものは全人類を侵し、鉛で塞ごうとも、レーザーで殺菌しようとも、5mmの地獄から絶え間なかった。

穴を管理する者は、凶事から逃れるため、救われるための研究を急がせた。

徹底した管理と統制を唱える者もいたが、明日をも知れぬ己であると悟った端から、足掻くのではなく生き延びるための真摯な努力を重ねなければと気づくのは、当然の成り行きだった。

光明も一応はあった。

侵された全人類の中で、ほんのわずかではあるが、対抗しうる変異を生じさせた存在がそれであった。

おそらくは自分たちしか、その事実を知りえていないだろう。
財ある者はこの対抗者を人類存亡の、小さな可能性と涙した。

確保、研究、体制作り。

数十年に渡って蓄えた財力のすべてが、生き残りへの梯子に費やされた。


物語は、ここからはじまる。